庄内夕日の丘キャンプ場にて起床!
5時47分起床。
昨夜は大学生の御一行60名様が、夜中2時過ぎくらいに大雨が降りだすまで、傍若無人に騒ぎまくり、かなり寝不足です。
久々に、殺意が湧いた夜でした(`皿´#)
炊いた白飯、昨日仕入れた納豆とツマミの残りのイカ唐揚げ+牛乳の朝食を摂りつつ。
最近、myリュックのあちこちが裂けてきたが為、繕い物をしつつの→10時15分出発。
連泊なんでテントは張りっぱです。
(昨日の様子はこちら↓↓)
出発!
空模様は基本青空ですが、見渡すと所々に黒々とした雨雲。
昨夕、近くのイオンに買い出しの際、軽装で突っ込んでしまい数分ですがゲリラ豪雨で酷い目に遇いました。
教訓。酒田の雨は大粒で当たると痛い。山椒は小粒でピリリと辛いみたいな!?( ̄▽ ̄)
閑話休題。
キャンプ場からr33庄内空港立川線→R7→R112にて南下。
本日の目的地である出羽三山の一つ『羽黒山』へと向かいます。
r47鶴岡羽黒線(羽黒街道)を東へ向かうと、現れましたのが、出羽三山参拝の玄関口にそびえ立つ『羽黒山大鳥居』
1929年(昭和4年)奉納。朱塗りのコンクリート製で高さ18m余り、最上部の笠木の長さ28m余り。親柱の幅は15m程とのこと。
(※老朽化の為、2018年に解体→一回り大きな鳥居に建て替えられたそう)
いでは文化記念館を見学!
11時過ぎ、羽黒山麓にある『いでは文化記念館』に到着。
入館料は『出羽三山歴史博物館』との共通券を購入したので500円。出羽三山の歴史、羽黒修験道の特徴や文化を学べる施設でございます。
そんなわけで!
修験道といえば山伏。山伏といえば修験道。
山伏の修行は、山に入って修行するいわゆる入峰修行であるそう。
また入峰修行では四季の峰といって、春夏秋冬と年4回、峰入りの修行が行われるとの事。
そして今日は「秋の峰入り初日」で、沢山の修験者が見られますよと、記念館受付の人談。
・・・またもや人混みか・・・(-_-;)
ちなみにこちらが、羽黒山伏の出で立ちです。
でもって、こちらは入り口に置いてあったご自由にどうぞの法螺貝。
羽黒山伏が吹く法螺貝の音色には衆生の迷夢を覚し、諸悪を祓う力があると言われているとの事。
まるで、お遍路さんの「光明真言」のようですね~(・∀・)
ワタクシも挑戦してみましたが、これがまたウンともスンともw
(ちなみに、光明真言についてはこちら↓↓)
(法螺貝のご購入についてはこちら↓↓)
羽黒山参拝へ!
12時半、『いでは文化記念館』を満喫後は、いよいよ本日のメインミッション!羽黒山参拝です!!
『随神門』
神域に邪悪なものが侵入するのを防ぐ、御門の神を奉る門。
そして、ここから先が出羽三山の神域となり、神域は遠く月山を越え、湯殿山まで広がっているそう。
山頂までは、ここから1.7km。約1時間の行程との事。
『祓川に掛かる神橋』
三山詣での人々は、必ず祓川の清き流れに身を沈め、水垢離をとって三山への登拝の途についたそうな。
でもって、こちらは1654年(承応3年)に人工的に作られた『須賀の滝』
当時の天宥別当が月山から8kmの水路を引いて作ったもので、ここから山上は肉食妻帯をしない「清僧修験」が居住し、山麓には「妻帯修験」が住んでいたそう。
『須賀の滝』下に鎮座する社の左側が『岩戸分神社』で、右側が『祓川神社』、二つの社の間には、奉納された不動尊像と梵天が祀られているとの事。
ちなみに、出羽三山の山々は。
『羽黒山~現世利益を求める現在』
『月山~先祖に想いを馳せ、安鎮を願う過去』
『湯殿山~生まれ変わりを願う未来』
・・・と、三山を参拝する事によって生まれ変わり→再び俗世に帰っていく・・・というコンセプトになっております。
また『羽黒山』に関しては、
「参拝すると、一生食うに困らない」
「参道の石段2446段に彫られた盃や瓢箪、蓮の花などを33個全て見つけるとあらゆる願いが叶う」
・・・と言われているそうです。
そんなわけで、ワタクシ!本日は「現世利益追求の鬼」となりまして、彫り物探索に明け暮れたいと思います!!(・∀・)
現世利益追求の鬼と化す!①
歩き始めて早速、天然記念物の『爺杉』
樹高 41.8m、根元周囲 11.5m、樹齢1000年以上と言われ山内随一の巨木だそうです。
そして足下を見ると・・・
徳利発見!
こんなにハッキリ描かれてるなら、幸先明るいわ~(・∀・)
『羽黒山 五重塔(国宝)』(ミシュラングリーンガイドジャポン二ツ星)
高さ29m、三間五層の杮葺(こけらぶき)・素木造り(しらきづくり)で、長い軒は飛び立つ白鳥の翼のように美しく、四季を通してそびえたつ姿は優美。
東北北地方では最古の塔といわれ、平将門の創建と伝えられているそう。
ちなみに日本にある国宝の五重塔は、羽黒山の他に奈良県3、京都府3、山口県1、広島県1の計9つのみとの事。
13時10分、高らかな法螺貝の音色と共に後ろから何かが近づいてきました。
噂の秋の峰入り修行者様御一行です。
あっという間に五重塔近辺は修行者様達に埋め尽くされ・・・。
何か儀式も始まったようで、見物の観光客やTV局クルーもわらわら発生中(*`Д´)ノ
わらわらの団体様に囲まれちゃ、本日のミッションは果たせないって事で、ワタクシほうほうの体で退散!!(;´Д`)
現世利益追求の鬼と化す!②
山頂へと続く石段は段差もなだらかで、特に苦もなく登れる感じです。
そうこうするうちに、今度は瓢箪発見!!
盃?発見!!
うぉぉーーー!!トレジャーハンターの血が騒ぐぜ!!!
いや、むしろ修羅と化した現世利益追求の鬼かw
そしてまたまた!!
CMC!?
・・・これは確実に違うような・・・(;´Д`)
もしや、隠しトラップ!?Σ( ̄□ ̄|||)
紛らわしい事すな~~!!!(*`Д´)ノ
・・・と、こんな感じで目を皿のようにしながら、ずっと下を見続けて歩いてたもんですから!
ミシュラングリーンガイドジャポン三ツ星「天然記念物の杉並木」には一切目をくれる事もなく( ̄▽ ̄)
それもマズかろうと撮してみた一枚・・・。
樹齢350年から500年を越す老杉が立ち並んでいます。
その後も、数々の彫り物を発見してゆきつつ・・・。
皆様が額に汗して登っていく中、ワタクシ一人が分速数段という亀のような歩み。
お陰様で全く疲労する事なく、14時20分に山頂到着~。
12時45分に随神門にいたって事は、〆て一時間半弱の行程ということで( ̄▽ ̄)
出羽神社参拝!
山頂について、まず現れたのが『厳島神社』と
右手の『蜂子神社』には、「出羽三山神社御開祖・蜂子皇子」が祀られています。
さらに奥の本殿『出羽神社 三神合祭殿』に到着。
高さ28m、桁行24.2m、梁間17mで主に杉材を使用。屋根の厚さ2.1mに及ぶ萱葺きの豪壮な建物。 羽黒山、月山、湯殿山の三神を一堂に祀る社殿ですが、ワタクシは月山、湯殿山もそれぞれ行くつもりなので羽黒山だけ参拝。 (月山、湯殿山は冬の参拝が出来ない為、三神まとめて合祀されている) そうこうするうちに、先程の修行者御一行様も到着。 彼らは各ポイントで祝詞をあげつつ進むのでワタクシ並みの行程のようです。 参拝も終わり、お次は『出羽三山歴史博物館』へと向かいます。 こちらは、境内にある御手洗池『鏡池』から発掘された銅鏡や仏像などが展示されている宝物館のような感じです。 館内の資料によると「修験道」は日本独自の宗教だそうでして。 「自然崇拝と呪術的信仰」を基本とした日本人固有の信仰に、中国の民間信仰である「道教や陰陽道」が結びつき、「密教思想」が中心となって信仰の体系や修行の形態が形作られていったそうです。 また修験道の目的は即身成仏(生きたまま悟りを啓く事)であり、それを達成する為に山に入って修行(入峰修行)するとの事。 それは、山そのものが神であり、神霊の宿る聖地であり、物を浄め、新たな生命を育む霊地だからだそう。 その霊地に隠り、山や谷を駆け巡り、藪など道の無い所を廻る事によって、穢れを除き、迷いを捨て、悟りを啓く事ができるとの事。 穢れに満ちた此の身を大地に還し(疑死)→峰入りして清浄なエネルギーに満ちた霊魂を祝い込め→新しい肉体となって復活(再生)。 この、死と再生儀礼が全ての峰修行のベースであり、山岳信仰と言われる理由なのだそうです。 にゃるほど!ワタクシ的には『いでは文化記念館』の方が楽しめました( ̄▽ ̄) 15時52分『出羽三山歴史博物館』も見終わり、あとは下山して帰るのみ。 16時33分『五重塔』通過。 16時37分『須賀の滝』通過。 そして、16時44分、バイクを停めた『いでは文化記念館』到着し→休憩後→17時出発。 イオンで買い物しつつ→『庄内夕日の丘キャンプ場』に帰着。 本日の利用客はワタクシの他に、男ライダー1名様のみだそう。 ふと見ると、見晴らしの良い小高い丘にバイクとテントで絵になる景色。 そこはね~、一見特等席に見えるけど、太陽が昇ると途端に地獄となるんだよww その後、ライダー君と炊事場でお会いしたのでご挨拶→そしてプチ酒宴へと至る。 ライダー君は、青森県弘前市からいらしたそうで、これから日本一周を目指すとの事。 元々、車の整備士をやっていた事。 しかし、給料は11万そこそこしか貰えない事。 自分は民間の店舗で働いているが、ディーラーに勤めると30歳を過ぎてからいきなり営業に廻され→辞めて行く人が多い事。(ディーラー側としては、若い子雇って人件費を浮かしたいらしい) 青森県の最低時給は600円台な事。(※2013年当時) ・・・以上が、本日の印象に残った話題。 久々に旅ライダーと飲めてそこそこ楽しかったです(・∀・) 22時過ぎ就寝。再見! 走行距離 61.2km 計2012円 千四百年にわたる出羽三山の歴史と文化遺産の数々を展示し、目で見て楽しみながら出羽三山の世界を学ぶことができる施設。 「いでは」の名称は「出羽」、ドイツ語のidea(イディア=理想理念)に通じる。 元々は『出羽三山神社』の宝物館として設立されたもの。 鏡池から出土した重要文化財をはじめ、神仏習合時代の仏像や南北朝時代の名刀など、修験の霊場にふさわしい品が数多く展示されている。 修験者の目的は即身成仏。 この身このまま現世において悟りを開き、生きとし生けるもののために救いの手をさしのべられる人間になる事である。 「ブログ村」と「ブログランキング」のランキングに参加中。
出羽三山歴史博物館を見学!
では!何故、修験者達は山に入るのか!?
本日のミッション終了!
やっぱ、テントを張るなら木陰に限る( ̄ー ̄)
今夜も宴の幕が開く!
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2022追記
いでは文化記念館について
出羽三山歴史博物館について
修験道の語彙
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