今日は天気だ、爽やかな目覚め。
しかし、夜中未明から雨が降るとの予報あり。
とりあえず今日も、寝場所探しを含めて頑張りましょう!(・∀・)
途中、昨夜の野営予定地だった香東川沿いの自称河川敷公園を発見。
見たところ、トイレも水場も無い、ホントにただの空き地のようです(^_^;)
大東建託のお兄さんに感謝だわ~。(四国歩き遍路58日目参照)
考えてみたら。昨日、大迷子にならなかったら、この、しょうもない空き地が野営地だったわけで。
しかし、昨夜は素敵な公園が寝場所だったし、そのおかげで話せた土地の人々もいたわけで。
遍路への接待=同行二人中のお大師さんへの接待。
困っている遍路を手助けしたり、接待をする事で、土地の人も功徳を積んでいくという事ならば、ワタクシの迷子も必然の出来事だったように感じられます。
高松市内をテクテクと。
83番札所に向かう道は、県庁所在地だけあって結構な都会。
公衆トイレや休憩所なども所々に配置されています。
歩いていると接待所発見。
外にポツンと冷蔵庫が置いてあり、中にはエスカップとオロナミンC、サイコロキャラメルが入っていて、ご自由にお取り下さい状態になっています。
しばし休憩。キャラメルとエスカップを一つずつ頂き、出発しますm(_ _)m
今度は83番札所のすぐ手前にて、休憩所を発見。
ここには電気のコンセントも有って、休憩しつつ電気を拝借させてもらう(;^_^A
そして、83番札所一宮寺到着、参拝・納経終了。
次の84番札所までは19.7kmです。
さあ、朝食でも食べようと、歩き始めると、後ろからおばさんが追い掛けてきました。
お接待として、きな粉のお菓子を渡され、これは線香代にして下さいと300円頂いてしまう。
ちょうど線香が無くなって、買わねばと思っていた矢先だったのでタイミングが良いというか、摩訶不思議というか・・・。
お礼を言い、納め札を貰って頂くm(_ _)m
ガストで朝定を食べ、次のお寺に出発デス(・∀・)ノ
まずはr172川東高松線から御坊川沿いの道をテクテクと。
高松市中心部からは、R11志度街道にて東へ東へ。
お次の84番札所は、源平合戦で有名な、檀ノ浦を望む屋島のてっぺんにあります。
屋島の麓に到着。
しかし、登り始めの民家を縫う道がまた急で~゚(;´Д`)
道路標識を見ると、傾斜角度25°ですってよ。
果たして、こんな角度の土地に人が住んでも許されるのか!?と思うくらい急な坂です。
最近気付いた事ですが、ワタクシの場合、傾斜角度が8°を超えると辛くなってくるみたいで、この坂は殺人的にキツい。
年寄りを殺す気かーー!!(´Д`)
民家を過ぎると多少傾斜は緩くなるも、ゼイゼイ言いながら歩を進める。
しかしこの坂、近所のお年寄りの散歩コースになっていて、皆様競って何往復もしているらしい。
以前は1日10往復している方がいたとの事。
この競い合いがお年寄り達の遊びになっている様子・・・。
ようやく、84番札所屋島寺に到着~!
お年寄り達にぐんぐん追い抜かれていきつつも、何とかたどり着く事が出来ました~。
参拝・納経が終わり、休憩していると、団体様のおばあちゃん&おばちゃん3人組に取り囲まれ、それぞれから140円、350円、1000円、線香一束のお接待を頂くm(_ _)m
托鉢してるわけでもないのに、朝から、こんなにお金が集まってくるなんて、ある意味モテモテな感じです(;^_^A
納経所の人からもお菓子を頂きつつ、次のお寺への行程、野宿場所についての情報収集。
これから向かう85番札所へのルートは打ち戻って向かう7.4kmのルートと、最短で向かう5.4kmのルートがあるが、後者の山道は半端なく急斜面との事。
ワタクシが野営地にと狙ってる、85番札所麓のケーブルカー乗り場は、雨がしのげるかどうか定かではない事。
しかし、ケーブルカー乗り場には、多目的トイレもついている公衆トイレがあるとの事。
「何なら、うちの寺の山門にテントを張っても良いですよ」
と勧められましたが、先に進む事に致します。
84番札所を後にし、しばし歩くと、壇ノ浦を見下ろす展望台が現れました。
あぁ、あそこで源氏と平氏の戦いが・・・(´∀`)
義経の弓流しはあそこ、那須の与一が扇の的を射たのはあそこ、幼い安徳天皇が沈んでいったのはあそこなのね~(←間違い)
なーんて、しばし古代ロマンに浸ります。
しかし、余裕なのはそこまでで、先には、納経所のオジサンが言ってた通りの、半端ない急な下り坂が待ち構えておりました。
体感角度は60°・・・。(あくまで体感)
直角まではいかないにしろ、かなりの遍路転がしです。
しかも、昨日の雨の影響で足を滑らせる事数回。
尻餅一回。
二本杖をフルに活用して乗り切りました(>_<)
下り終わってからは、楽な道が続き、後は屋根付き寝床の心配をするのみです。
高松市(旧牟礼町)住宅街をテクテクと。
ケーブルカー乗り場まであとちょっと・・・という所で目に入ったのが『石匠の里公園徒歩3分』の看板。
そうでした、ここ牟礼町は石像で有名な町。
至るところに石でできた像が乱立しています。
ワタクシの頭の中では、すでに、石匠の里公園=大理石で出来たご立派な東屋の妄想が繰り広げられていますw
まずはそちらの様子を覗いてみようと、向かってみると、大理石ではないものの、東屋と水場完備の展望台があり、しかも東屋は高床式になっています。
これは雨が降ってもムテキングだわ~(^ε^)
今夜の寝場所決定~!自分の勘に感謝!!
おまけに夜景も宝石箱をひっくり返したようでとてもステキヽ(´▽`)/
一時は人生初の多目的トイレ泊を覚悟していましたが、今夜も雨がしのげそうな場所を見つける事が出来ました。
感謝の念で就寝。
歩行距離 23.62km
歩数 45437歩
お接待された物 きな粉のお菓子、300円、140円、350円、1000円、お菓子
2018追記
壇ノ浦と檀ノ浦
源平合戦で有名な『だんのうら』ですが、土へんの壇ノ浦と木へんの檀ノ浦があるのをご存知でしょうか?
まずは、土へんの壇ノ浦。
現在の山口県下関にある海域で、栄華を誇った平家が滅亡に至った、治承・寿永の乱の最後の戦いの地です。(壇ノ浦の戦い→1185年4月25日)
二位尼(平時子)と共に幼い安徳天皇が入水したのがこちら。
源義経の八艘飛びの舞台も土へんの壇ノ浦。
琵琶法師 耳なし芳一が、鬼火に取り囲まれながら弾き語った、物語の舞台もこちらの壇ノ浦ですw
対して、木へんの檀ノ浦。
こちらもまた、源平合戦で有名な屋島の戦いの舞台です。(屋島の戦い→1185年3月22日)
那須与一が扇の的を見事射抜いたり、源義経の弓流しのエピソードがあるのがこちら。
以上、ワタクシ的には、知りたてほやほやの情報でした。勉強になったな~^^
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